街の賢者との出合い

私が初めて街の賢者を意識したのは中学生になったばかりの頃だ。
札幌市内の大型スーパー、近所だったのでよくそこに出入りして立ち読みしたりゲーム機に興じたりしていたのだった。

ある日1階のワインショップの入り口付近にプラカードを持って立っている中年男性がいた。
そのプラカードには大きな文字で
「私は監視されている」
という見出しが書かれていて、続いて
「12年前から政府の重要機関に監視されています」
というような文言が改行も句読点もなくビッシリと書き込まれていた。


男性は大声で何かを演説する訳でもなく、顰めっ面をしている訳でもなく、どちらかというと何かをやりきったような穏やかなドヤ顔をきめていたように思う(俺は政府の重要機関の奴らを出し抜いて魂胆を白日の下にさらけ出してやったぞドヤッ的な)。

通りすがるお客さんに声をかける訳でもないので人畜無害という判断なのであろうか、お店側は生温く見守っているらしく野放し状態であった。

興味津々な私は近くまで行って男性の顔とプラカードに書かれた内容をじっくりと交互に何度も見たのだった。

男性は私と目を合わせるでもなく、むしろ目を逸らしていた。
何かを話しかけてくるでも無し。
大胆にお店に立っているのに意外とシャイなのである。

当時はまだ統合失調症という言葉がなく、精神分裂病という病名が一般的であったが今のように検索サービスがあったわけではないので精神分裂病=キチガイというのが一般的認識で電波系の精神病は一般的には認知されていなかったように思う。
集団ストーカーという言葉が生まれるのはずっとずっと後の話だ。

「私は監視されている」
この言葉に中学生ながら色々とツッコミを入れてみたくなったものだ。

・こんなオッサンを監視して得るものはあるのか?あるとしてなんだろう?
・監視というのは密かに行うものではないのか?バレているのに監視が続いているのはなぜか?
・重要機関とは何か?
・オジサン、どうやって生活しているの?

中学生だった私は怖さもあって遂に訊けずに終わってしまった。
「監視されているオジサン」はその後もしばらくの間は週一ペースで出没していたのだがいつの間にか見ることがなくなった。
お店に注意されたか病院に入ったかしたのだろうね、と噂された。

数年して進学の為に東京に出た。
ある休日、横浜に用事があって出かけたさい、時間調整の為に立ち寄った駅ビルの百貨店で思わず「あっ!」と声を出してしまった。
なんと「私は監視されているオジサン」が立っているではないか!
あの時と同じようにプラカードを持っている!
文言も全て同じだ!

懐かしくなって自然と話し掛けてしまった。

「数年前、札幌で活動されてましたよね?」

「え?(誰?こいつ?まさか組織の人間?という怪訝そうな顔)」

「中央区の○○(大型スーパーの名前)でよく見かけてました」

「ああ!そうなんだ!それはそれは失礼しました」

「今はこちらで活動されているんですか?」

「うん。。。。なんか厳しくなってきたからさ。。。」

(なんだろう?監視が厳しくなったのか?それとも生活そのものが厳しくなったのか?)

「あの。。。やっぱり今でも(監視は)続いているのですか?」

「ああ。うんうん。それはいいんだけど、あれだね札幌が懐かしいね」

(なぜだ。監視されているってプラカードを持っているのにその事を尋ねるとノッてこないなんて)

「こちらにきて監視は緩んでいるんですか?」

「え?うん。。。。まあまあかな」

まるで噛み合わない。
会話のキャッチボールができない。

私はハッとした。
そうか!組織の話はしてはいけないのだ!
文字で伝えるのは良いが口に出してはいけないという究極の不文律があるに違いない!
おそらく。。。口に出すと死。。。
「私は監視されているオジサン」はそんな制限の中で日夜組織と戦っているに違いない!
(マジか!)

「先程黒いスーツの人達がこちらを見ていましたけどまさかアレがそうなんですか?」(嘘だけどね)

「わかったかい?そういうことなんだ。あとはわかるね?」

(どういうことだ!わかんねーよw)

残念ながら当時の私に賢者である「私は監視されているオジサン」から重要な話を引き出す事はできなかった訳なのだが、その時私は思ったのである。

世の中には裏、闇がまだまだたくさん存在しており、戦っている人達が多数いるのだと!
無知な私達よりも世の中を知り尽くした街の賢者の声に耳を傾けることによって誰かに陥れられたり気付けば罠に嵌められていたりということが大幅に少なくなるのではないだろうか?
そう感じて街の賢者を観察する現在に至るのである。

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